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東京高等裁判所 昭和29年(行ナ)40号 判決

原告 村上芳男

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、特許庁が同庁昭和二十八年抗告審判第五五七号事件につき昭和二十九年六月二十三日にした審決を取消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告訴訟代理人は請求の原因として、

(一)  原告先代村上盛俊は「局部的に螢光物質の施されたる螢光放電管がその施着界限に於て膚接並設せらるる照射装置の構造」なる考案につき、昭和二十六年九月二十九日特許庁に特許出願をしたところ昭和二十七年十一月二十一日拒絶査定せられ、同年十二月十七日に実用新案法第五条により之を実用新案登録出願に変更し、同事件は同庁実用新案登録願第三四〇〇九号事件として審理せられ、昭和二十八年三月九日拒絶査定がせられたので、原告先代は同年四月十八日特許庁に対し抗告審判の請求をし、同事件は同庁昭和二十八年抗告審判第五五七号事件として審理されたところ、同人が死亡したので、相続人たる原告が昭和二十八年九月二十四日出願人名義変更届を特許庁に提出し、登録を受くる権利の権利者たる地位を承継し当時その許可を受けた。而して昭和二十九年六月二十三日に右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がされ、同審決書謄本は同年七月十日原告に送達された。

右審決に於て特許庁は本件実用新案登録出願前なる昭和二十五年五月九日の他人の出願に係る「管型放射燈の其の管軸方向に延長した内壁面の略々半面のみ螢光被膜を施して成るものの複数本を之れ等の各螢光被膜が夫々コンタクト硝子板に対面する如く並行に並べて成る螢光燈を使用する青写真焼付装置の構造」なる登録第三九一〇三五号実用新案を引用し、その本願の考案と異るところは唯「引例の登録請求範囲には『コンタクト硝子板に対面する如く』と書いてあり、又『青写真焼付装置』と限定しているが、本願の登録請求範囲に於ては、これらの限定がなく、これ等をも当然含む如く抽象的に記載されている点である」とし、而も「本願の考案の実施例として第三図第四図に示されたものはやはり『複数本の螢光燈をそれ等の各螢光被膜が夫々曲面硝子(3)に対面する如く並行に並べられている青写真焼付装置』であつて、引例と全く同一であり、その作用効果とするところも全く同一であつて、本願がこのような装置或はこれと同等な装置を意図していることはその図面と説明書の記載から明らかである」から「たとえ本願の登録請求範囲に『コンタクト硝子板』が明記してなく、又『青写真の焼付装置』を要旨とするものでないとしても、引例と同一或は少くとも類似の構造であり作用効果も同様である以上同一又は類似の実用新案と言わざるを得ない」とし、畢竟「本願は実用新案法第四条の規定により登録することができない」としている。

(二)  然しながら審決の判断は本願の要旨を逸脱した不当のものである。何となれば本願の考案の装置も螢光放電管に局部的に施された螢光物質をコンタクト硝子板に対面する如く平行に並べて青写真焼付装置として使用することのあることはその出願書添付の図面に明示されてあり、そのような場合にはその装置は「局部的に螢光物質に施された螢光放電管の複数本をそれ等の各螢光物質が夫々コンタクト硝子板に対面する如く平行に並べた構造」の青写真装置となるわけであるが、本願の考案は右のような構造にあるのではなく、前記のように「局部的に螢光物質の施されたる螢光放電管がその施着界限に於て膚接並設せられるゝ照射装置の構造」にあるのである。即ち本件実用新案登録出願書添付の図面について言えば、半円身又は約半円身に螢光物質(1)の施された螢光放電管(2)を該物質の施着界限Lに於て膚接し並設する点に本願の考案が存するのである。然るに前記の通り審決が引用例の登録実用新案と本願の考案とは唯単に引用例の登録請求範囲には「コンタクト硝子板に対面する如く」と書いてあり、又「青写真焼付装置」と限定しているが、本願の登録請求範囲に於てはこれ等の限定がなく、これ等をも当然含む如く抽象的に記載されてある点に於て差異があるに過ぎないものとしたのは本願考案の要点を全く無視したものである。引用例の実用新案の図面に於ても本願考案の装置におけると同様、局部的に螢光物質の施された螢光放電管がその施着界限に於て膚接並設されているように見受けられるけれども、引用例の実用新案では、決してこのように並設することの条件下に螢光物質がコンタクト硝子板に対面するように螢光放電管を並べることを必須とするものではなくて、このような放電管をその管の螢光物質が夫々コンタクト硝子板に対面するように平行に並べさえすれば良いことは、その登録請求範囲の記載に徴して明白である。従つて引用例の実用新案では、内壁面の半面又は略半面に螢光被膜の施された螢光放電管の複数本が相互離隔して平行に並べられる場合もあるわけであつて、このような放電管を特に螢光被膜の施着界限に於て膚接並設することは何等その考案の構成要件をなすものではない。尤も本願考案をコンタクト硝子を有する青写真装置に実施する場合には、恐らく引用例の実用新案権を使用することとなるだろうが、それが考案の同否又は類否を決定する素因又は事由となるものではなく、前記の通り本願考案と引用例の考案との間には、両者の登録請求の範囲の記載により明らかであるように構造上明確な差異が存するのである。

しかのみならず本願の考案の構造によれば局部的に螢光物質の施された螢光放電管がその施着界限に於て膚接並設せられるので、その登録出願書添付の説明書に記載してあるように、螢光物質の施されない側に於て並設放電管と平行する高光度の等光面を得られ、而もその施着域を多少増減することによつて平面、曲面任意の等光面を得られるのであるが、同様の放電管の単に平行に並べられる引用例の考案では到底このような作用効果を期し得られない。而も等高度の平面又は曲面を得られることは、青写真等の焼付では、その感光紙をむらなく焼付けることを得せしめる所以であるから、本願考案は引用例の実用新案に比し特段の作用効果を奏呈するものと言わなければならない。尚又他の放電管、即ち例えば高圧水銀燈のようなものでは温度の上昇が甚しくて、敢て近接すれば電流激減して消燈するに至るので、強通風冷却をしなければならないけれども、本願の考案では管の膚接による昇温は殆ど無いに等しく、多少昇温しても水銀のような蒸発物の封入量僅少で、管内蒸気圧の変化が少いので、殊更冷却する必要がなく、長時間使用しても終始発光の安定を期し得られるのである。然るに審決が前記のように本願考案の装置と引用例の装置とが作用効果を全く同一にしているとしたのは誤りである。

之を要するに本願の考案は実用新案法第四条に該当するものでなく、本件出願は同法第一条所定の登録要件を具備している。

(三)  よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。と述べ、被告指定代理人は答弁として、

原告の請求原因事実中(一)の事実を認める。

本願の考案と引用例の実用新案の各登録請求範囲の記載のみを比較すれば、原告主張のように一応両者は異るもののように思われるけれども、出願中の実用新案の要旨の認定は単に出願書に記載された登録請求範囲の判断のみによりすべきものではない。何となれば出願中の登録請求範囲の記載は権利範囲確認審判等で争われるような既に確定したものではなく、その図面と説明書の中に記載された考案の内容から見て不適当な場合は審査官、審判官の判断により、特許庁長官又は審判長の指令により、又は出願人の自発訂正によつて種々訂正変更されることが屡々あるからである。従つてその出願の考案の要旨は専ら図面に示された物品の構造と説明書に記載されたその性質作用効果によつて判断されるべきものである。而も本願の実用新案は初め特許として出願し、之が拒絶されて実用新案登録出願に変更されたのであるが、その説明書の記載特に登録請求の範囲の記載は特許出願の明細書の記載と殆ど同文であり、従つて本願の説明書並びに登録請求の範囲の記載は特許出願の時に於ける思想的なものが多分に含まれており、実用新案法にいわゆる一つの物品の型についてなされたものと言い難い点がある。実用新案の登録出願は図面に示された一つの物品についてなされるものであるから、それが思想的な考案であつて出願書添付の図面にも示されていない色々の変型が予想されるもの、又は種々の実施例を挙げているものは、その侭では実用新案登録は許可されないのである。本件実用新案登録出願も前記のような多分に変型が予想されるような極めて抽象的な登録請求範囲の記載の尽では許可される筈なく、少くも一つの実施例に挙げた物品に限定するように訂正することによつて初めてその物品の型の考案と認められるわけである。本件実用新案登録出願も或はその第三図、第四図に示されたような青写真焼付装置の物品に限らるべきであつたかも知れない。然しそうすれば本願考案は全く引用例の実用新案と同一になることが明らかである。而も本願は特に引用例と同一又は類似の青写真焼付の照射装置を初めから意図しているものであつて、そのことは本件実用新案登録出願に変更する以前の原出願たる昭和二十六年特許願第一二九〇四号の特許出願の明細書の詳細なる説明の冒頭に「本発明は青写真焼付けの如き絶好なる照射装置に関するものにして云々」と記載してあるのに徴しても明らかである。

次に本願考案の意図するところと引用例のそれとをその各説明書の内容と図面により比較検討するに、

本願の説明書によれば、本願の螢光放電管も第一図に見るように、切口真円の管にその半円身に螢光物質(1)を施したものであつて、これはその中心を光源として螢光物質施着部を反射面とする一反射鏡とも考えられ、之を膚接並設すれば螢光物質不施側からの螢光は殆ど全く障碍なく管外に射出されるから光度の高い等光面が得られ、更にその螢光物質施着側管外面に鏡面を形成するか、その施着層を厚くすれば、やや光度の高い装置が得られる旨が記載されてあり、次に特に従来の(青写真焼付装置の照射光源として用いられている)高圧水銀燈の光源との比較が記載され、最後に本願の装置の最適な用途として「青写真陽画写真等の感光焼付けに絶好なものである」と述べ、青写真焼付装置につき詳細に説明している。以上の点から判断すれば、本願の照射装置の主要な目的及び用途が青写真焼付装置及び之に類似するものにあることは明瞭である。又登録請求範囲には単に「局部的に」なる字句を使用しているが、実際は引用例と同様に「略半面のみ」に相当することは図面及びその説明により明らかである。他方引用例の登録請求範囲には「管型放電燈の其の管軸方向に延長した内壁面の略々半面のみ螢光被膜を施して成るものの複数本をそれ等の各螢光被膜が夫々コンタクト硝子板に対面する如く並行に並べて成る螢光燈を使用する青写真焼付装置の構造」と記載され、第二図にその略図が示されている。然しながらその説明書には冒頭に「本案考案は青写真焼付装置の光源として螢光燈を使用する場合の殊に螢光燈の改良構造に関す」と述べられてあつて、之により引用例の考案の要旨が本願と同様照射装置にあることが窺われ、次に本願の第一図に示されたものと同様の構造の放電管について説明され、「かくする事によつて陰極(11)(12)間の放電によるその半面部(2)の高い内側輝度を直接利用する事を可能ならしめ、依つて全内面に螢光被膜を施したものに比較して格段に効率を増強する事が出来た。一般に螢光燈の螢光被膜は螢光能率の点から被膜の厚さに一定の制限が加えられるが、本案では如何に厚くてもこれが不透明となつても些も支障がないから螢光効率の最高値を実現せしめる事が出来る特徴がある。更に螢光被膜が薄い場合には其の螢光膜の施されて居る部分の外面を第一図に示す如く反射性被膜(3)を形成せしめれば効率を増強し得る」と述べられてあり、本願の性質作用及び効果の記載と全く一致している。このように本願の考案と引用例の実用新案とはその説明書の内容及び図面から見ても同一又は類似の点が極めて多く、その意図するところは全く同一であつて、従つて両者は同一又は少くも類似の考案と認めなければならない。

更に原告の主張する両者の登録請求範囲の記載の点に関し、之を比較検討するに、

本願の登録請求範囲には「図面に示す如く局部的に螢光物質の施されたる螢光放電管がその施着界限に於て膚接並設せらるる照射装置の構造」と極めて抽象的に記載されてあり、引用例のそれには「図面に示す如く管型放電燈の其の管軸方向に延長した内壁面の略々半面のみ螢光被膜を施してなるものの複数本をそれ等の各被膜が夫々コンタクト硝子板に対面する如く並行に並べてなる螢光燈を使用する青写真焼付装置の構造」と記載されてあり、前記の通り本願の登録請求範囲の記載は構造的に見て極めて抽象的な要素が多く、幾多の変型を包含するような記載であつて、このままでは実用新案法により登録せらるべき物品の型の構造を明確に表現しているかどうか分らないものであるが、仮に右の尽の登録請求範囲の記載であるとして、その中にある「局部的に螢光物質の施されたる」とは前記の通り図面から見るに「略半面のみに螢光物質を施した」と解釈して何等差支なく、従つて管型放電管の内側の略半面にのみ螢光被膜を施したものを数本集めて、被照射物に向くようにした即ち光源を単一方向性として利用する為の配列を最も要領よく表現した一つの表現法であり、引用例のものには特に「コンタクト硝子板に対面する如く」と記載されてあるが、之は青写真焼付装置に施した場合の一つの具体的な表現法であつて、結局前者と同一の事柄を表わしたものに外ならない。原告は引用例の考案では螢光放電管を単に並行に並べさえすれば良く、その複数本が相互離隔して平行に並べられる場合もある訳であつて、本願の考案のように特に螢光膜の施着界限に於て膚接並設することは引用例の考案の構成要件をなすものでない旨主張するけれども、一般に平行に並べると言うことには間隔をおいて並べる場合も含むが、間隔をおかずに膚接並設する場合も含む訳であるから、原告の右主張は失当である。

要之、引用例では「青写真の焼付装置」が登録請求範囲に明記されてあり、本願ではこの点がその登録請求範囲に明記されてないけれども、上記のように本願考案の主要な目的及びその性質作用効果が青写真の焼付装置或は之と同等の装置を意図しており、引用例の考案と同一の構造、同一の作用効果を有するから、両者は同一又は少くも類似の考案であり、従つて本願は実用新案法第四条により登録すべからざるものであつて、原告の請求は理由のないものである。

と述べ、

原告訴訟代理人は被告の右主張に対し、

原告主張のように実用新案登録出願の説明書及び図面は特許庁における審理過程に於ては特許庁長官又は査定不服抗告審判の審判長の指令により、或は出願人自身の発意により随時訂正し得られ、当該出願が特許庁に繋属し、査定が確定しないか、審決のない間は、考案の様相も或は決定的でないと言い得られるかも知れないけれども、実用新案の要旨の認定は登録出願されたそれの図面及び説明書の全文を勘案してすべきであることは勿論であるが、結局は登録請求の範囲の記載により行わるべきであつて、被告主張のように現に明示されてある登録請求の範囲の記載に頓着なく、専ら図面に示された物品の構造と説明書に記載されたその性質、作用、効果によつて判断すべきものとすれば、実用新案の要旨乃至権利範囲は図面並びに説明書に記載された通りのものとなり、敢て登録請求範囲の項を設ける必要のないこととなるべく、又抗告審判の審決に対しその取消を求める訴が東京高等裁判所に提起された場合に、その訴訟では右図面及び説明書の訂正は絶対不可能であるから、抗告審判で実用新案登録出願の登録請求の範囲は一応決定的なものとみなさるべきであり、従つて登録請求の範囲が訂正変更可能であるが故に実用新案の要旨認定の基準として重きを置くべからざるものとする被告の主張は失当である。

次に前記の通り本願考案の登録請求の範囲は「局部的に螢光物質の施されたる螢光放電管がその施着界限に於て膚接並設せらるゝ照射装置の構造」であるに対し、引用例の実用新案の登録請求の範囲は「管型放電燈の其の管軸方向に延長した内壁面の略々半面のみ螢光被膜を施して成るものの複数本をそれ等の各螢光被膜が夫々コンタクト硝子板に対面する如く並行に並べて成る螢光燈を使用する青写真焼付装置の構造」であるところ、両者が同一又は類似の考案であるとする被告の論拠は畢竟「本願の照射装置の主要目的及び用途が青写真焼付装置及びこれに類似するもの」にあるから、本願考案の意図するところは引用例のそれと全く同一であつて作用効果に於ても差異がないと言うにある。然しながら考案の意図が仮令同一であつても、直にその考案を同一視又は類似視することができるわけのものではない。本願考案の対象は照射装置ではあるけれども、その主適用たる青写真焼付装置又はその類似装置(即ち陽画感光焼付装置のような装置)の図面と、管壁の略半面のみに螢光物質の施された螢光放電管がその施着界限に於て膚接並設されているものとみなすべき引用例の実用新案の図面(乙第一号証)とを比較すれば、図面上本願考案も引用例の実用新案も殆ど変りがないようであるけれども、両者は単にその考案の対象を異にしているばかりでなく、両者の登録請求の範囲を対比すれば前記の通り全然考案構成の要件乃至要項を異にしていることが明瞭に認識されるのである。尚又本願の考案はその構造形態上光度の高い等光面を得られるのに引用例の実用新案の考案構成要件からはこのような効果を期し得られない。従つて本願の考案は引用例の実用新案とは同一でないのは勿論類似のものでもなく、被告の前記主張は失当である。

と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中(一)の事実は被告の認めるところである。

成立に争のない甲第一号証の一、二、三によれば本件実用新案登録出願書の説明書には登録請求の範囲として「図面に示すが如く局部的に螢光物質の施されたる螢光放電管がその施着界限に於て膚接並設せらるる照射装置の構造」と記載され(このように記載されてあることは当事者間に争がない)、又実用新案の性質、作用及び効果として、添付の第一図につき単位螢光放電管の構造及び六本の螢光放電管が真平らに配列された構造の説明をし、この構造によれば(一)螢光は螢光物質を施してない側から殆んど全く障害なく管外に射出され、(二)光度高き等光平面が得られ、(三)従つてこの考案によれば螢光物質施着域の増減により放電管配列面の彎曲度を任意に変更でき、(四)管外に鏡を置くか或は螢光物質を厚く附ければ更に光度を増すことができる、等の効果がある旨記載し、尚右装置は平面、曲面等任意の等光面の要望せられる場合即ち例えば青写真、陽画写真等の焼付に絶好なるものであつて、添付第三図及び第四図を以てそのような装置を示したものとしていることが認められ、右認定の事実と右図面(甲第一号証の三)とに徴すれば、畢竟本願考案の要旨は「螢光放電管の内壁面の略半周に亘る半面に螢光物質を施したものの複数本を、各管が同じ側に有効光線を出すようにこの螢光物質を施した部分と施してない部分との限界線に於て互に接触させて並設して成る照射装置」であり、又その用途は青写真等の焼付装置とするにあつて、その以外でないことが認められ、右認定を動かすべき資料は存しない。

次に成立に争のない乙第一号証によれば、引用例の登録第三九一〇三五号実用新案の説明書には、その実用新案の性質作用及び効果の要領の項に、右考案が青写真焼付装置の光源としての螢光燈の改良構造に係るものとし、その添付第一図につき単位螢光燈の構造を説明して硝子管球の管軸方向に延長したその内壁面の略々半面のみ螢光被膜を施して成るものとし、この構造によれば(一)半面に施した螢光被膜の高い内面輝度を(他の半面から)直接利用することが可能となるから、全内面に被膜を施したものより格段に効率が高い、(二)螢光被膜が厚くても差支えないので被膜の厚さは最高螢光能率を発揮する値に選ぶことができる、(三)螢光被膜の外側に反射体を置けば効率を増すことができる。等の効果がある旨述べ、又右螢光燈を使用した添付第二図の写真焼付装置につきその構造作用を説明し、之によれば通常の螢光燈を使用した場合に比し同じ電力で二倍の焼付速度が得られる効果があるとし、尚右考案は螢光被膜の高い内面輝度を直接且単一方向性として利用するものであつて、青写真焼付の光源として好適であると述べ、登録請求の範囲として「図面に示す如く管型放射燈の其の管軸方向に延長した内壁面の略々半面のみ螢光被膜を施して成るものの複数本をそれ等の各螢光被膜が夫々コンタクト硝子板に対面する如く並行に並べて成る螢光燈を使用する青写真焼付装置の構造」と記載してある(但し登録請求範囲として右の通り記載されてあることは当事者間に争がない)ことが認められ、而して右考案の名称及び登録請求の範囲は青写真焼付装置となつているけれども、右説明書及び図面に徴すれば右考案に於て特に工夫を加えてあるのは光源装置のみと認められ、コンタクト硝子板その他に格別考案が加えられたものとは認め難いから、右考案は青写真焼付用の光源装置即ち本願考案にいわゆる照射装置を要部とするものであつて、コンタクト硝子板は管型放射燈の並べ方を説明した附随的なものと解せられる。

よつて本願考案と引用例の考案とを対比するに、螢光放電管の内壁面の略々半周に亘る半面に螢光物質を施したものの複数本を、各管が同じ側に有効光線を出すように並設して成る青写真等の焼付用照射装置の構造なる点に於て両者は一致しており、ただ本願考案では螢光物質施着の限界線に於て相隣る放電管が接触することを必要とするものとしているのに対し、引用例の実用新案では各放電管をその螢光被膜がコンタクト硝子板に対面することを必要とするものとし、相隣る放電管を接触させることは特に必要事項としていない点で両者間に差異が存する。而して本願考案で「螢光物質の施着界限に於て膚接する」と限定している意味は複数本の放電管の配列面の彎曲の程度が少い場合でも多い場合でも、換言すれば被照射面が平面である場合でも曲面である場合でも、螢光物質の施される限界が常に管と管との接触する線であると言うに外ならないのであり、之に対し引用例の考案で「内壁面の略半面のみ螢光被膜を施し」と限定している意味は、この考案が本願の考案と同じく螢光被膜の発生する光を螢光被膜を施さない部分から有効に利用する為に管内面の略半周に亘る半面に螢光被膜を施したものであることから考えれば、複数の管を被照射面の曲率に適合するように並設するに当り、その曲率の大小によつて螢光被膜を施す範囲が内壁面の半ばより広いこともあり、又狭いこともあることを考えて「略半面」と言う表現を用いたものと解せられ、その事は前記乙第一号証(引用例の実用新案公報)中の第一図に内壁面の丁度半分に螢光被膜を施したもの(本願考案の出願書添付第二図に同じ)を示し、同第二図に内壁面の半分より少し狭い範囲に螢光被膜を施したもの(本願考案の出願書添付第三図及び第四図に同じ)を示してあることに徴して明らかである。

然らば引用例の考案の螢光被膜の限界は管と管との対向線に大体一致するものと解すべく、仮令それが本願考案に於けるように厳密に一致しなくてもその作用効果上顕著な差異を生ずるものと解することはできない。又引用例では本願考案に於ける管と管との膚接と言うような積極的な限定をしていないけれども、前記のようにその図面には管と管とが接触するように表わされてあり、且光源として輝度の高いことがその効果となつている以上、殊更に管と管とを離すと言うことはあり得ないところであり、仮に管と管とを離して実施する場合があつても、その間隔は僅少なものでなければならない理であり、他方本願考案に於て管相互が完全にいわゆる膚接せずして少しでも離れたら所期の目的効果を達成し得ないものとは解すことができないから、この点に於ても両考案の間に格別差異はないものと言わなければならない。

然らば本願考案は引用例の実用新案と同一であるか又は少くも類似しているものと言うべく、以上と異る見解に立つ原告の主張は理由のないものであつて、審決が本件実用新案登録出願を排斥したのは相当であり、その取消を求める本訴請求は失当であるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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